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「東京デッドクルージング」読んでるけど面白いよ [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

東京デッドクルージング」を読んでいる。これが非常に面白くてモリモリとページを繰りまくりなのでした。うざくて暑苦しいときは高カロリーかつ暑苦しい物語を読むのがよろしい。

もともと村上龍からはじまってお決まりの馳→萬月コースをたどっていた私ですが最近は社会思想やら英・南米文学やらのほうを重点的に読みこなしておりこのジャンルはすっかりご無沙汰だったので、もう久しぶりにキメたぐらいの吸い込みようですわ。はまるはまる。

2015年、日本はお笑いタレント出身の総理大臣の元、スラム化の一途をたどっているという舞台設定でして、CIAの請負仕事をやっている日本人右翼民兵と彼らに家族を殺された凄腕北朝鮮工作員と彼らに要人を奪われた中国人諜報組織の三つ巴の戦いを描いています。裏切りと謀略と血と脳漿と弾とアドレナリンがあふれかえる小説はたまりませんね。で、またスラム化したニッポンがニッポソではないリアリティ満載なんですわ。例えばラジオではDJが「アジアアフリカ諸国のみなさま!かつて先進国と呼ばれた日本に愛の手を」って叫ぶんですよ。しかしこのディストピアも目の前に広がる世界を単におしすすめただけとも思えるからよけいに背筋が冷える。

設定なんかが「狂い咲きサンダーロード」みたいだなあと思っていたら深町センセのブログ記事にはそのエッセンスを織り込んだというようなことが書かれていたので的外れじゃなかったと一安心。

それにしても結局のところ村上龍はあの思想性(田舎モノ特有とかたしか福田和也が書いていたような)がよくもわるくも限界なんだなあと思ったり思わなかったり。


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最近買った本 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

最近買った本について。
ここのところあんまり読書してないなと実感し、強化月間としてこれから頑張るつもり。

◆「スカルノ大統領の特使」


本来なら梶山季之の「生贄」が読みたかったが、古本屋めぐりをしている暇がないのでこちらにした。ざっと読んでいるが、スカルノ大統領の側近が見た裏インドネシア史といった感じである。東アジアに日本から多大なODAが!と憤っている諸君、安心したまえ。きちんと日本の企業が受注してくれています。まあなんというかそういう話。

◆「ミスターエロチスト」

ミスター エロチスト (徳間文庫)

ミスター エロチスト (徳間文庫)

  • 作者: 梶山 季之
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1983/02
  • メディア: 文庫


梶山つながり。これがちっともじゅん…とさせてくれないんだな。梶山のSMって自身がそういう趣味がないことがよくわかる書きぶりで激萎えです。まんこにしか興味ないって感じ。まんこというか性交というか。

◆「女を愛する女たちの物語」

女を愛する女たちの物語―日本で初めて,234人の証言で綴るレズビアン・リポート (別冊宝島 64)

女を愛する女たちの物語―日本で初めて,234人の証言で綴るレズビアン・リポート (別冊宝島 64)

  • 作者: 広沢 有美
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 1987/05
  • メディア: 単行本


◆「孤高の人」

孤高の人 (ちくま文庫 せ 1-2)

孤高の人 (ちくま文庫 せ 1-2)

  • 作者: 瀬戸内 寂聴
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 文庫






湯浅芳子関連で。ちなみに「女を愛する女たちの物語」は私が十代の頃買っていて、いつの間にか捨てられていた本を買いなおしたというのが正しい。読んでわかったのは「自分が女性を恋愛対象にすることはできないんだな」ということだった。この本はバリバリのビアンフェミニズムの観点で描かれているのでともすれば「ビアンじゃないなんて男性主義に陥っているかわいそうな人!女性解放を目指すならレズビアンでないと!女性と生きる生き方こそ正しいのだ」ぐらいの言われようをされてしまう。非寛容への反発からこうなったと思うし、そこに対してある意味共感できる部分があるだけに、そんなに肩肘はらんでも、と思ってしまう。買いなおしたのは、最近興味を持って湯浅芳子をちょっと調べていたから。宮本百合子との間が非常に有名だが、悲劇なのが、戦前の日本のレズビアンが男性との恋愛の練習または逃げ道となっていたこと。だからその後多くは男性のもとへ走っていく。湯浅芳子は女性しか愛せない女性だった。同性愛と時代について考えていたりする。
湯浅芳子に関するサイトを拾い読みしていたら、レズビアンの女性のサイトに遭遇し、いささか困惑した。と、いうのも、彼女が男性を選ばなかった理由としてあげているのが「いかに男性がつまらない存在か」ということだったので、ちょっとどうかと思った。女性のここがいい、というのではなく、男性の非をあげつらう形になっているのが、なんとなく彼女の心理がうかがえるような気がして、モヨってしまうのだ。男性とはあわなかったから女性にしたよ、ということが言いたいのかもしれないが、彼女のいう「男性とはこういうもの」というその「男性」を身近に持たない私としては「そんな類型的なのにあたったからって女性に行くってどうよ?」と思った。彼女が「女性とでしか出来ない!」といっていた付き合いを私は男性と行っている。どうしたらいいんだ。

◆「広島ヤクザ伝」

広島ヤクザ伝―「悪魔のキューピー」大西政寛と「殺人鬼」山上光治の生涯 (幻冬舎アウトロー文庫)

広島ヤクザ伝―「悪魔のキューピー」大西政寛と「殺人鬼」山上光治の生涯 (幻冬舎アウトロー文庫)

  • 作者: 本堂 淳一郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 文庫

 

 

◆「南京事件論争史」

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書 403)

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書 403)

  • 作者: 笠原 十九司
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2007/12
  • メディア: 新書

 

 


『「百人斬り競争」と南京事件』
戦争つながりで。広島ヤクザ伝は広島におけるヤクザの台頭が(それはおそらくどこの町でもそうだったのかもしれないが)戦争とはきっても切り離せなかったこと、むちゃくちゃだった終戦後の日本の姿が丁寧に描かれている。百人斬り競争の方は笠原先生の本で未読だか楽しみにしている。「南京事件論争史」は東中野先生へのコテンパソぶりが「やめてーもう相手のHPはゼロよー」といいたくなる有様で否定派に対する氏の憤り(というか呆れ)が伝わってくる内容だ。


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悪魔のキューピーと恐れられた男 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

「仁義なき戦い」第一作目の主人公はもちろん(というか全シリーズを通じて、ともいえるかな)菅原文太扮する「広能昌三」なんだけど、忘れてはいけないのは“灰汁を取らない漬物屋または夜は俺のもの”こと梅宮辰夫演じる「若杉寛」(学ランコスプレは強烈だ)である。

 最近この「若杉寛」のモデルになった「大西政寛」に興味を持ちいろいろと調べている。今回購入した本堂淳一郎氏の『広島ヤクザ伝 「悪魔のキューピー」大西政寛と「殺人鬼」山上光治の生涯』もその一環である。今出回っている大西に関するおそらくはほとんどの本は氏の記述や取材の上で成り立っているようにも思える。それほど、(当時まだ当事者が存命だった状況で取材された)氏の記述は大きな影響を持っているのだろう。

大西政寛はモルヒネ中毒で父を失い、母に育てられ、尋常小学校高等科時代授業中絵ばかり描いていたのを教師に見咎められ「親父と一緒の脳病院で絵の先生にでもなるんか?」と罵られたことで爆発し、文鎮で殴りつけ放校処分となる。カシメ衆となり徐々にヤクザと親しみ組に出入りするようになった頃召集され戦争に赴き、復員後阿賀で土岡組博徒となる。そこで波谷守之や美能幸三(広能昌三のモデルであり「実録仁義なき戦い」の元ネタになる自叙伝を書き上げた人物)と知り合い、義兄弟ともいえる仲となり、敵対する山村組山村辰雄(仁義なき戦いでは「山守のおやっさん」で有名)の姦計に堕ち、組を裏切り、土岡組組長を殺すことを決意、託した美能がしくじった事により、山村組長に騙されていたことにようやく気づき、だがそのときには全てが遅く、自暴自棄とも取れる行動を繰り返した挙句、警官隊と撃ち合いになり、絶命する。この本は彼の行動を知り合いの博徒の証言をはさみながら丹念におっていく。

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表題の「悪魔のキューピー」とは彼についたあだ名である。怒らせたら手がつけられないほど暴れるような男でありながら、画像でわかるように実に童顔で愛らしい顔立ちをしていることからつけられた。(だからどう考えてもたつっぁんはミスキャストだな)私も何枚か画像をみたが、確かに人形のような顔立ちで、可愛らしいとしか言いようのない秀麗さである。この顔が怒ると「すっと眉間が立つ。それをみたら震え上がらないやつはおらんかった」となる。確かにそこに凄みを感じる顔である。こんな顔した人間が顔色ひとつ変えないで人の腕をぶった切るのはまさに身の毛もよだつ光景である。そしてこんなのが日常だったといわれる阿賀・呉の当時の凄惨さが伺えようというものだ。

読み進めているうちに、大西政寛が中国戦線へ出兵したという記述があった。本の中ではずいぶん人きり役を押し付けられたらしいという伝聞が記載されている。広島第五師団に所属、となるとシンガポール華僑大粛清に関わっている可能性があるが、定かではない。このあたりはもう少し調べたいと思った。

だが彼が悪魔のキューピーと呼ばれるような所業を為しえたのは(小平とは違って)この中国戦線での戦いが影響しているとは言いがたい。彼は因縁をつけられただけで、カシメ現場の顔見知りだろうが(愛用の肥後守できりつける)海軍兵士だろうが(刺身包丁で腹を割き片耳を削ぐ。呉で海軍兵士相手にこれだけのことをしてのけたのに彼が捕まったりしたことはない。どういう経緯で捕まらずにすんだんだろ)問答無用で暴力の洗礼を浴びせてきた。そういう人間なので(仁義なき戦いの冒頭でもでてくるように)シマを荒らしていきがるような愚連隊の輩の腕を切り落とすようなことは造作もなかった、とはいえるかもしれない。(ただ戦後、場当たり的な向こう見ずさが加速度的に増し、また同時に、「人」とのつながりを求める姿勢が増す様子を読み進めるにつれ、おそらくは戦争の影響が大きいとは察せられるが)授業中も授業に集中することが出来ず絵ばかり描いていた(そして非常に才能があった)こととこの止めようもない憤怒を考えると、なにか疾患があったのかもしれないということはどうしても頭をよぎるが、今ですら学習障害児への風当たりが厳しいものがある。いわんや当時をや。時代の流れの中でひたすら死地をさまようような生き方を読めば読むほどもうちょっとなんとかできた…というむなしい気持ちばかりが浮かんでは消える。 あまりにも短い生といつまでも記憶に残る死。そして彼がお膳立てした「呉第一次抗争」はさまざま支流を飲み込みながらやがて「広島戦争」という奔流となり、「破壊への意思」そのものように、数多くの犠牲者を嘲笑いつつ、なぎ倒しながら突き進むのだった。

ちなみにここのサイトに「仁義なき戦い」第一作目の登場人物たちの画像があった。


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横溝正史読んでます。(と市川崑ネタについて) [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

こと読書に関しては特にジャンルを決めず、何でも読むようにしている。最近借りてきたのは「憲法と平和を問いなおす」(長谷部恭男)、「対話の回路」(小熊英二)だったりするし。例外としては経済関係で、どうも経済に関しては私の低調頭具合ではどうしても理解できないので手に取る気にはなれないのだ。閑話休題。

ハニーコミヤマは非常なミステリー好きである。私もミステリーは嫌いではないし、むしろ小説読み始めた頃はポーやら江戸川乱歩を貪っていたクチだったりする。ただ最近は読まないだけで。以前彼と一緒に「犬神家の一族」を観に行った際、市川崑はどうしてこうも横溝正史の原作をダメにしてしまうのかとぶつくさ言っていたのが気になり、ちょっくら原作を借りてみた。恥ずかしながら横溝正史って全然読んだことないのです。イヤハヤ。だがポクっと読むと、意外に釣り込まれ、そこからはまってズンズンと読んでいる。

「本陣殺人事件」は、本格密室殺人事件モノとして有名。トリックにいささか無理があるような気もするが、それでもよくできていると思う。そして「獄門島」。見立て殺人モノというか、日本の因習と「家」意識といったうっすら郷愁すらかきたてられるような内容であった。旧世代と戦争後たくましく生きる新世代との世代交代を読み取れるところもあるのがいいよね、とハニーコミヤマ。だからあの映画「獄門島」はそういう要素を全部ひっぺがして「女のかなしみ」なぞという青臭い小さな金枠へ押し込めてしまっているからダメなのだ、と息巻く。それは私もそう思う。

市川崑という映画監督の作品について考える際、以前中野貴雄氏のコラムを読んでてでてきた林海象に対する感想ーーアイデア100点出来は赤点、というのをいつも思い出す。様式美はそれ自体で重用される場合もあるが、なんでもかんでも当てはまるというわけではない。「黒い十人の女」なんて船越英二の名演、ならびに山本富士子と岸恵子と岸田今日子と宮城まり子と中村玉緒が同じ画面に鎮座しているだけでおなかいっぱい感があり、編集が悪いので途中もたつく。つまりは退屈な映画なわけだが、スタイリッシュではあるので、様式美だけ鑑賞すればよろしいってな映画であったりするわけだし。「東京オリンピック」は山口瞳が「大衆を馬鹿にするな」って批判したぐらいで、ようは或る意味不器用というか己の図式にこだわりすぎるきらいがある。だから畳みかけるような展開とスピード感を重視するような「四十七人の刺客」なんて映画は大失敗したわけだ。まあそんな話はさておき。

横溝正史の原作自体様式美的な側面も有り、またそれを基調として映画を作りたくなる欲望に駆られるのは十分理解できるが、(そして撮れば成功するわけだけれども)どうも原作を読み進めていけばいくほどワンセットで語ってはいけないな、と思い始めた。ミステリーなんて様式美っすよっていわれてしまえばそれまでだけれども。とにかく面白いです。横溝正史は。

横溝正史自選集 2 (2)

横溝正史自選集 2 (2)


黒い十人の女

黒い十人の女

  • 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
  • 発売日: 2007/01/26
  • メディア: DVD


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「母子叙情」 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

岡本かの子全集 (3)

岡本かの子全集 (3)

  • 作者: 岡本 かの子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/06
  • メディア: 文庫


新たな発見をする本、というのがある。歳月を経てもう一度読み返すと今まで気づかなかったことがわかるというやつだ。ダロウェイ夫人のような数少ない例外を除くと、頻繁に読み返す本なんてそうはない。岡本かの子のある種の本は、年をとってから読もうと熟成させる高級酒のようにとっておいたが、とうとう我慢しきれずに読んでしまった。あとはまた10年後のお楽しみである。

で、そのある種の本の中の代表格がこの「母子叙情」である。

この小説は明らかに作者本人と分かる「かの女」がパリ外遊を経て、かの地に残してきた息子「一郎」(これまた実子太郎であることが明確である)を思い、その焦がれを同じ年の男に転嫁させる、といったストーリーを耽美華麗な文体でナルシスティックに描いた作品である。濃厚な脂滴るステーキ、かくの如し。

なぜ封印していたのかというと、実に単純な話で自分に子供を持ったときに再び読もうと思っていたからだ。この「かの女」が一途に感情を奔流させる息子という存在が、やはり実際子供を持たねば理解できないと考えていた。だが、この小説はもっと奥深いところへ切り込んでいたのだ、と今日読み直してよくわかった。自分の読み込みの浅さを痛感する。

それは例えば以下の引用を読めば容易に納得できるはずだ。

『そう云えば、むす子の女性に対する「怖いもの知らず」の振舞いの中には、女性の何もかもを呑み込んでいて、それをいたわる心と、諦(あきら)め果てた白々しさがある。そして、この白々しさこそ、母なるかの女が半生を嘆きつくして知り得た白々しさである。その白々しさは、世の中の女という女が、率直に突き進めば進むほど、きっと行き当る人情の外れに垂れている幕である。冷く素気なく寂しさ身に沁(し)みる幕である。死よりも意識があるだけに、なお寂しい肌触りの幕である。女は、いやしくも女に生れ合せたものは、愛をいのちとするものは、本能的に知っている。いつか一度は、世界のどこかで、めぐり合う幕である。』

岡本かの子の小説に棲むこの魔−−「女のなげき」「人生に対する不如意」「白々しさ」−−それらは「普遍的」であるがゆえに、彼女の小説はどの年齢でも読まれるべきである。かの子の嘆きに身を埋め、女の嘆きと喜びは一体であると、私は知る。


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男のハードボイルド講座【どらン猫小鉄】 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

※以下はDirectionにて掲載していたレビューブログを再掲載したものです。

じゃりン子チエ (番外篇)

じゃりン子チエ (番外篇)

知ってる方も知らない方も、皆様初めまして。

当ブログを運営します「る」と申します。本来別のHNでせこせことエロ駄文を記しておるのですが、今回、Direction編集部サマからこのような場をいただきまして、レビュー部分を独立させることとなりました。主にこのブログではサブカルチャーな本、漫画映画などを中心としたレビューとなり、知らなくても損はしないが、知っていれば確実に『漢度』アップ、ウェイ・トゥ・ザ・イイ顔のオヤジへエニシング・マスト・ゴーオンな(テキトウ)ネタをさっくりオススメしていきたいと存じます。えげつない文章を読みたければコチラ。まったりと大人な雰囲気であれこれ勝手な感想を読みたければコチラ、と何卒よろしくお願い申し上げます。かしこ。

と終わるわけにはいかないので、来るべき第一回と致しまして「男のハードボイルド講座」と題して「どらン猫小鉄奮戦記」を取り上げる次第。まあハードボイルド講座なんて大上段から振りかぶったところで、大いに眠ったとか眠らないとか、サヨナラが永かったとか、あるいは童貞どもの拙い悩みに「ソープへ行け」と一喝される作家の本なんかは実は読んだことないのです。てへ。内藤陳センセイ的なニュアンス「ハードボイドドだど」ということでひとつ、どうも。

今回とりあげる「どらン猫小鉄奮戦記」はあの「じゃりン子チエ」の番外編をまとめたもの、スピンオフ作品である。「じゃりン子チエ」という漫画自体、既に古典の域に達している感があり、テツ、チエという名前をだした時点でアニメでの西川のりおと中山千夏のやりとりを即座に思い浮かべる方も多いのではないだろうか。本編については私などが取り上げる以前に既に研究会などもあるようだから、特にここでは触れない。(まあ知らないヒトの為に若干触れると、主人公チエは小学生でありながら、働かずにひがな博打の明け暮れとなっている父親“テツ”を尻目にホルモン屋を切り盛りしている『自称日本一忙しい少女』。チエとテツをめぐりナニワならではの厚い人情劇が繰り広げられる。関西人の常識?とも称される、その大阪濃度のきわめて高い内容とナニワ下町人情話で構成されている物語でつとに有名)今回は彼らではなく、脇で活躍する猫たちをメーンにした単行本をあえて取り上げたい。これは脇役が主人公となった番外編を集めただけの作品集と斬り捨ててしまうには、あまりにも惜しい秀作だから。

「じゃりン子チエ」の主人公であるチエちゃんが、ふとしたことから飼ったのが、この小鉄という猫。眉間にある三日月型の傷跡が、天下御免の向こう傷とばかりに、猫ではあるのだけれども、掃除もすれば金勘定もするスーパーキャットであったりする。首のマフラーがポイントのトラ猫ジュニアはその友達ではあるが、彼の父親であるアントニオ(アントニオの息子だからジュニアという安直な名前。そのあっさりさ加減に作者の思い入れの強さがよく表れている)は小鉄との決闘の際必殺技タマつぶし(おそらくご想像通りの技)を食らってしまい、それがきっかけに気が弱くなり死んでしまったという因縁を持つ。この番外編は基本的に上記二人?を中心にして展開されている。

もともとの「じゃりン子チエ」が連続ドラマでありつつも、基盤としては一話完結形式で、その作品世界へ入り込みやすいのと同様に、この「どらン猫小鉄」も、じゃりン子チエの世界観に触れたことのない初見の人でもすっと物語に溶け込めるようになっている。このあたりの柔軟性、間口の広さ、懐の大きさがはるき悦巳の真骨頂であるといえよう。

で、この「じゃりン子チエ」がナニワ人情喜劇に見せかけて「ハードボイドド」なニュアンス満載であることはいろんな人が指摘していると思うけれども、そのエキスというか汁というかそのあたりの「漢」を凝縮させたものが実はあの小鉄であると思うのは、私だけではあるまい。いみじくも劇中でジュニアの口を通して語られる、

「おまえはここにくるまで流れモンやったろ おまけに与太と関わりもって それに自分のことはあまり話したがらないのさ どこからともなく現れるような奴 どことなくヤクザっぽうてそれでどこか冷たそうで」(引用部分:第七話ジュニアの初恋後編)

という小鉄像なぞ、ハードボイルド主人公のある種のステロタイプとも言える。かっこいいなあ猫だけど。

だけれども。この猫である、ということが最大の武器であり免罪符でもあるのであって。もし生身の人間の話なら、この作者なら恥ずかしくて(そして読者するこちら側も)とても“やれた”もんではないだろう。ある評論家の言葉を借りれば「赤木圭一郎が墓場から甦って」きかねない。今更渡り鳥にギター持たせても、ねえ。

しかし猫に姿を借りたこの「ハードボイドド」な男たちの姿の潔さはなんだろう。オスたちは「男とは…」と語りあい、『男』を目指す。なぜならば彼らがオスだから。その問答無用さが潔さを呼ぶ。特に「第八話山の中のあいつ」は上質の掌編小説のようだ。男の中の男、石のこぶし、ファイティングマシーンと異名をとった小鉄とそれに憧れながらもどこか反発してしまうジュニアの織りなす日々は「お前ちょっと自分を見失のうとるんとちゃうか」「自分てなんや」(第二話スカーフの秘密)と、転びつ惑いつとまどいつつ、それでも明るい明日があるのだ。第七話ジュニアの初恋後編での〆台詞なんて、どんなイカした作家が堅ゆで卵作ったンかっていうぐらいカッコいい。

「ワシかてタンクローちゃんなんて呼ばれたことが… 好きな女(ヒト)からそお呼ばれる意味があとになって分かるものなのさ」

なんつーか、どこのフィリップ・マーロゥの台詞かと思うような(マーロゥは関西人だったということでタノム)、こんな名台詞の連続にどうかシビレて堪能してほしい。真っ正直に漢の文字を背中に背負うことの意味を身をもって体現している小鉄の古さがいまはとても懐かしく思える。こういう男ってたまんないよねえ。オスにしてもメスにしても。

今回の作品はかなり淡々とした日常エピソードを扱っているのだが、本来の小鉄ものはもっと殺伐と発狂している。それは「どらン猫小鉄」という単行本を読めば一目瞭然なのだが…残念、この小鉄シリーズの中での最高傑作である“なぜ小鉄は月輪の雷蔵と呼ばれ九州に銅像が建つハメになったか”のエピソードが展開されている単行本が現在絶賛絶版中となっている。復刊ドットコムで現在復刊に向けて投票を受け付けているので、この本を読み、さらに小鉄のハードボイドドワールドを堪能したくなったムキは是非投票して欲しい。私も投票しましたぜ、旦那。


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「切ってはいけません」上と下、皮一枚の悩ましき関係 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

さて、Directionのレビューブログが3月末で終了と相成りました。
少しずつあちらの記事を再掲載いたします。

切ってはいけません! 日本人が知らない包茎の真実

切ってはいけません! 日本人が知らない包茎の真実

 
殿方というのは実に不可解なイキモノで御座いまして、皮一枚に対してなにやらアイデンティティをかけているムキも多いご様子。一皮むけているかいないか、これはどんな立場世代年齢職業の人間であれ、非常に気になるようですな。オトコたるモノ、ムけていなくては一人前といえないし、ムけきってしまえば赤玉が歳末大売り出しとなってしまうやもしれず、一長一短、どちらがいいとは言い難し。
 
昔から例のトックリセーターの襟で顔を半分覆い、こちらをチラっとみている例の美容形成外科の広告は、東西を問わずあまねく広く男性の間にて周知徹底されている模様。私は以前、セーターを脱ぎかけた男子二人が大爆笑していたのを目撃した経験があり、当時は純真な処女だったものでなんのことやらさっぱりだったのですが、今じゃ、坊やそんなこと気にせんでもええのですよ、と怪しげな方言で話しかけられるようにもなりました。大人ってステキ。閑話休題。

この本は、男子中学生が「手術したいのだけれども」と医者(=筆者)のところへ相談に来た、という体裁をとっている。そして(架空の)男子中学生との対話で進行していき、その会話を通して包茎とはなんなのか、医学的にどういう状態なのか、果たして日本人に包茎は多いのか否や、と硬くあくまで真面目に考察していく内容である。このテの質疑応答形式の本にありがちな、作者にとって答えやすい都合よい質問ばかりを縷々のべ、お手盛り感で腹いっぱいというような生ぬるい本と思ったら大間違い。男子中学生は包茎擁護・ナチュラルがいいんだ派の立場をとる医者に対し、徹底的に懐疑的な質問を繰り返していく。そのあたりにあざとさを感じないでもないが、ただやっぱり包茎イコール悪という価値観の中にいる思春期真っ盛りな年代を想定すれば、致し方ないのかもしれない。(そのあたりどなたか思い当たる方のご意見伺えれば幸い)おまけに巻末には包茎手術今昔といった趣のある、皮をべろんちょと切開していた昔と縦に切って横に縫うというなかなか想像しづらい現在主に行われている包皮を温存する手術の違いがわかりやすいように図解で記載されており、「ナチュラルなのがいいけど、どうしても手術する場合はこうなるよ」という懇切丁寧さ、そういう意味では悩める世代へ直球ダイレクトなつくりになっている。「ペニスと海綿体の構造」なんてまるっきり医学書。こういう真面目本によくある失笑も、作者のフランクさゆえにあまり感じない。しかしエノキダケみたいな図式にはさすがにちょっと。まあそういうわけである意味実用本。形式が形式だけに、読みやすく割りと早く読了してしまった。

しかしこの本、よくある「性について知りたいがちょっと恥ずかしいアナタに包茎のすべてを教えましょう」的な性教育本であるかというとそうではない。その包茎にまつわる雑学ネタのオンパレードには、皮についてはちょっとうるさい私のような人間でなくても、ほう、と唸らずにはいられないほど。皮があろうがなかろうが、それをじっくり考える機会にはもってこい。皮がある人もそうでない人もオススメ。(ただ難点がないわけでもなく、ユダヤ人の女性には子宮頸ガンが少ないそうだが、厳密な意味でユダヤ人という人種はいるのだろうか。私自身はユダヤ教を信じる人=ユダヤ人という認識だったので、このあたりは?と思った。イスラエル人と混同しているような気がする。私の認識が間違いならどなたかご指摘お願いします。)
個人的に本編を読んでなるほどと得心した記述を二三あげてみる。

一、医学的には仮性も真性もないそうだ。反転可能であれば包茎ではない、とみなされるという。

一、イスラム・キリスト教圏では割礼(生後間もない男の赤ちゃんに手術をほどこして皮を切除してしまうこと。アブラハムが皮を切って神への誓約としたことがその由来)が盛んだが、最近では失われた皮を取り戻す運動が繰り広げられているそう。ちなみに自身の創意工夫で皮を蘇らせたオーストラリアの男性がそのために費やした日数は30週とのこと。

一、ローマ時代に尊ばれたナニは小さくて包茎であることが条件だった。

一、古代のオリンピックが全裸で行われていたことはかなり有名だが、先っちょをだすのは非礼とされた。そのため割礼してボロッとでてしまう男性(または皮があまりない方)は皮を引っ張り紐でとめて露出しないようにした。これが長じて包茎へ戻す手術が考案されるようになった。

一、現在世界的な趨勢は「包皮維持」。中でもオーストラリアでは1950年代男性の約9割が幼児期に包皮切除手術を受けていたが、現在では1割強にまで落ちている。

一、平田篤胤は「外国人は包茎だ」と差別する和歌を残していた。

一、韓国の包茎手術率は若い世代で9割以上。中にはおじいさんが「息子に世話されるときに嫌がられてはいけない」と手術に踏み切る例も。

一、近年の研究で、皮の部分には重要な神経が存在することがわかった。先っちょが圧迫などの強い感触に反応するのなら、皮の部分はソフトタッチ、軽い感触に反応するようにできているらしい。
巻末には参考文献がいっぱい。検索方法も載っているので原典にあたりたい人には非常に親切。私は今まで皮マニア的観点から擁護をとってきたけど、嗚呼お母さん、それは間違いではなかったのね。とりあえず某形成外科の広告が気になる、あるいは皮一枚について考えてしまう方は必見。恥ずかしいなんてカマトトぶる方はamazonでどうぞ。

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中共の対日戦略の一端が明らかになるか。「延安リポート」 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

非常に楽しみな本が2/24発売される。

延安リポート ―― アメリカ戦時情報局の対日軍事工作 ――

大戦末期,アメリカの軍事視察団が延安を訪れた.日本兵捕虜を使って有利に戦いを進める八路軍の戦略にアメリカは多大の関心を示し,中共側も進んで情報を提供した.米戦時情報局が野坂参三らの協力を得て作成したリポートは,戦後の米中関係の悪化で長い間ベールに覆われていたが,この度情報公開された.これはその全訳である.

                       以上岩波書店紹介ページより引用

今朝産経新聞を読んでいたら上記本の紹介があった。その部分を読んでかなり購読意欲をそそられた。2/4付産経新聞東京版朝刊の紹介によれば、『この延安リポートは、中国共産党(中共)による対日プロパガンダや日本捕虜に対する“洗脳的教化”の実態を調査したものだが、戦後の米国の対日・対中政策にも影響を与えたとみられており、貴重な一時資料といえそうだ』とある。

さらに同記事内容を引用すると、

 リポートの「捕虜の扱い方」では、中共は「一般的に日本人の自尊心は非常に強い」と洞察し、日本人捕虜を質問するさいには、「優しく、穏やかに」と指導。また、負傷した捕虜には手当を施し、戦場の日本への死体を「一時的な感情」から損傷することを戒め、逆に大事に葬り、墓標をたてるべきだ、と説く。
 こうした指示は一見、人道的だが、その根底には一般の日本兵や日本人が戦争を遂行する指導部を嫌悪し、「否定的な厭戦気分から積極的な反戦意識」を持つように教化するための中共の冷徹な計算があった。後に中共側の98人の日本兵捕虜に対して米側が行った「意識調査」では戦争や天皇制を否定する声が9割を超した。

とあるからかなり緻密な計算が行われていたことを、このリポートが示唆しているようだ。このレポートの主要執筆者の一人ジョン・エマーソンは後にGHQのマッカーサー政治顧問付補佐官を務めたりしているので、例えば真相箱といった放送内容などにもこの中共が行った教化政策の一端を利用している可能性は否めないだろう。ホンカツなんて言う人も、何十年たった現在もなお、この教化政策のなかで生きている化石みたいな存在だろう。
ただ私としては、果たして「冷徹な計算」ということだけで日本兵に対し徳をもって応じていたかという疑問点は浮かんでしまう。おそらく情をもって接することも、冷徹な計算も、どっちも真実なのではないだろうか。中国という複雑怪奇かつ怪物のような形成する要因を侮ると日本はまた対中問題を見誤るおそれがある。とまれ、非常に楽しみな本である。


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最近買った本 [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

いまさらながらの三冊。

■靖国神社と日本人              小堀桂一郎
■全現代語訳 日本書紀            宇治谷 孟
■ニーチェ どうして同情してはいけないのか   神崎 繁

ちなみに「靖国問題」高橋哲哉はミッチェル所有につきバランスよく読みたいなと。ニーチェ本は副題にひかれました。時間があればこれもレビュー予定。


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伝説の名著「電氣菩薩」根本敬先生のソウルに触れるべし! [書を捨てよ、街へ出よう(読書感想)]

某巨大掲示板の○西さんスレでお世話になっている佐賀さんが、拙ブログにいらっしゃった。そういうわけで(どういうわけだ?)ココログに掲載していた、根本敬先生の伝説の名著「電気菩薩」についてのレビューをコチラに転載したいと思う。サブカル全開なので、わからない人にはさっぱりわからないとは存じますが、以下のレビューや過去の「映像夜間中学」関連記事を読まれ、興味を持たれたらその因果律の世界を覗いてみてはいかがでしょう。
ただ、この「電気菩薩」はいうならば“秘伝の奥義”とでもいうべき内容なので、まずは「因果鉄道の旅」「人生解毒波止場」から入ることをオススメいたします。「人生解毒波止場」は、このあと登場する川○さんを(あっさり)知るにはちょうどよいかと思われますので是非読んでみてください。

電気菩薩―豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ〈上〉

電気菩薩―豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ〈上〉

ついに、ようやく、やっと、根性で、長い道のり、といくらあっても語れないほど、探しまくった根本敬著「電気菩薩」を、入手できました…長かったよぅ。これはまさにフィールドワークを行う上でのバイブルです。行わなくてもバイブルか。とにかく聖書。手引き書、人生訓、その他、すンばらしい内容が満載。読んだ後はポシンタンをがっつり食いたくなるのはまさに「定説」です。

私の大学の先輩である(わはは)佐川一政氏(パリ留学中にオランダからの女子留学生を殺し、屍姦し、そして食べた。詳細は「パリ人肉食事件」で検索してみてください。)について、多くの章がさかれており、マーダーケースブック好きな私としては彼のソノ後、に、やはり興味が尽きない。(しかしコリン・ウィルソン。頼むから、同じ内容で題名だけ変えた本を佃煮にできるくらいだすなよ。回数ばっかり多いが濃度のうっすい精液みたいに。だすことに意義があるんだな、ありゃ。買って読んでおんなじ内容だったことを知った日にゃ、金返せしかいえません。)

それにして、も。

やはり根本=幻の名盤解放同盟=K西杏、この存在は欠かせない。
(K西さんとは調布付近で不動産業を営んでおられる社長さん。シンガーソングライターとしても「有名」で、人生をかけて在日差別と闘っておられる。だがその闘いぶりは…。ともかく詳細は「人生解毒波止場」を読んでください。)
今回もK西杏さんについて、かなりの章が(ほとんどといっていいくらい)あてられているのだが、それでも語り尽くせない。過去、根本氏の著作の中で陰に陽にどれほど触れられてきたか。そのことを思えばその「存在」の巨大さ苛烈さにしみじみと感慨深いのだ。
そしてK西さんと私との因果でいえば、実はミッチェルは調布近辺に住んでおり、駅ではご本人を何度も目撃していたりする。しかもミッチェルのアパートはK山ハウジング(K西杏のお店。よい物件ありマス)で紹介してもらったという。そもそも仲良くなったきっかけも、ミッチェルがK西杏について詳しく、私は根本先生ファンであり、知り合ってしばらくしてから「えー、なんでK西杏知ってるの?」と、お互いのその事実に気づき、ひたすらその因果に慄然としたことにある。かくして私は根本先生を教えて、ミッチェルからはK西情報を教えられ、夜間中学に二人して通うようになり、現在に至る。やー、ワザワザだなあ。


↑これが噂の「烏山ハウジング」
しかも駅周辺のあちらこちらには「仔猫もらって!カワイイ」だの「シイノキ供養祭を×/×にやります」といった張り紙があり、まさにK西杏から逃れらないかんじ。

去年の夏、調布駅で歌謡ショーの準備するK西杏を見た。(それも初めて調布駅に行ったときに。ミッチェルが入院して見舞いに行った際だったなあ。)後ろにトラック(張り紙付き。在日の差別をなくせ!とか、チマ・チョゴリ事件に対して調布市長は謝罪せよ、とかそんなの)、その前に布が敷いてあり、ステージなのかな。真ん中にスペースがとってあり、風で布が飛ばないようにするためか、左右に椅子が置いてある。向かって右の椅子にはパンダかなんかのぬいぐるみ、左の椅子には綺麗に飾られた愛子様の写真(…。ちなみに愛子様カワイイ!という張り紙もアリ)。K西さんはまだ開演までに時間があるのか、トラックでなんか作業していた。このときはチマ・チョゴリだったように思う。そのバックには歌が流れていた。曲不明。

病院に行くバスに乗ってたら、金子ホールも見た。汚いフツーの民家系?デカイ看板がないと気づきませんでした。駅に行けば「金子祭り」のノボリもって立っているし。ここしばらく見ないな、と思ってたら、某巨大掲示板のK西さんスレにおいて、駅前に立っていたら、「電氣菩薩読みました」って通りがかりのヤツにいわれてファビョって入院したらしい、との書き込みがあった。

解説:ファビョる=火病(ハングル読みファビョン)のこと。「火病」の正式名称は「鬱火病」。 韓国・朝鮮人にだけ現れる特異な現象の精神疾患。 英語表記はwapyung。 怒りを抑えすぎて起こる、強いストレス性の精神疾患。強いストレスを適切に解消できず、我慢することで胸が重苦しくなる症状を指すという。 夫の浮気など、自分の思い通りにいかないことが重なり、それを胸にしまい込んで生きている女性に主に現れる。ひどい場合は死に至るという。 具体例としては、2002年の韓国大統領選挙中、投票日前日ににノ・ムヒョンへの支持を撤回したチョン・モンジュンや、2003年の冬季アジア大会の女子アイスホッケーにおいてカザフスタン戦で20-0というスコアで負けている最中に試合を放棄したことなどが挙げられる。 ヤフー百科辞典によると、1970年代後半から論議され、体系的に研究が進んでおり、「九六年、米国の精神科協会では、この火病を韓国人にだけ現れる特異な現象として精神疾患の一種として公認し、文化欠陥症候群の1つとして登載している」という。(以上2典Plusより引用)そこから転じて、怒りや興奮のあまりとんでもないことをしたり、やった人のことをファビョる、ないしファビョーンと2ちゃんねる等で主に利用されるようになった。2ちゃん語ですまんな。

K西さんをそこまで激高させる、その電氣菩薩。下巻があるが、発刊されていない。それどころか、この上巻ですら追加増補できない有様。まさに幻の名著と化している。不可の理由は、K西さんがその内容に激怒し、出版社や関係者宅に電話&FAX攻撃をしたせいだ…云々と、まあこんな風にマエフリだの伝説だの聞かされた日にゃアナタ!読むしかあるまいて。

それにして、も。

K西さんについて書かれた箇所を読んでも、そこには、根本敬先生の捧げる愛が燦然と輝くのみで、何故彼が血圧の上限を振りきったような抗議運動をしたのか、まったくわからない。ここでのK西さんのしゃべりは「~だわ」「~よ」といういわゆるオカマしゃべりである。確かに記述内容(根本妻に対する異常な嫉妬、あるいは同盟員に対する独占欲、女性っけのなさ等)からしても、彼はおそらくソッチ系の方じゃ…という印象はぬぐえない。そこが疳にさわったのだろうか。ただ、根本先生の方では、巻末で、これ以上ないほどの愛の告白をしている。ここまで愛されているのに。否、だからこそ、あそこまで彼を抗議に駆り立てたのだろうか?

亀が甲羅からすっぽ抜けたような亀一郎(中卒土方)や、自分の幼い娘を裸にし、ビデオ撮影させた鬼畜と罵られ、逮捕→実刑をくらった淫乱天使・ママ野際(ここまで性的に淫乱放埒になるという生き方だと、女ならある意味憧れるんじゃ…)イイ顔の智恵遅れのおっさん・平やン(平やンが監督することになったAVの、自作脚本がまたイイ!)等登場するが、やはり印象的なのはK西杏と佐川一政の両巨頭。ちなみに神軍平等兵こと故奥崎謙三氏も登場します。女装姿に注目。彼が出演した「神様の愛い奴」関連の話題がチラっとでてきます。

神様の愛い奴

神様の愛い奴

  • 出版社/メーカー: J.V.D
  • 発売日: 2003/08/08
  • メディア: DVD
(↑性器の世紀の問題作「神様の愛い奴」。途中で制作者側のごたごたがあって、この作品自体は根本氏の認めたものではない。そういう事情についてや諸々の神軍平等平関連の話題は、下巻にて主に触れられるらしい。だから下巻を…ああ…溜息)

最初から最後まで圧倒されっぱなしの本書において、最高のエピソードだったのがエピローグだ。まさに圧巻。登場するのは佐川一政氏だ。この本が書かれた頃、最高に精神的不安定だったらしい。彼はついにもう一度誰かを殺し、それを食べようとまで追いつめられたそうだ。その話を仲のよいSMの女王様にすると、彼女ははらはらと美しく涙を流してこういった。

「佐川さん…なにも、そんな惨めな死に方をしなくたって…私が7年後、アナタを殺して食べてあげるから、それまでに傑作をものにしなさい。」

彼は本当に嬉しそうな顔で根本氏に言った。

「僕はもう安心です。食べてくれる人がいるのだから」

これを美しいといわずしてなにをいうのだろう。

私はこの箇所にひどく動揺し、胸をうたれた。慟哭せねばならぬほど。今月は夜間中学、絶対いく。行かねばなるまいて。

追伸:読了した次の日、近くの駅で実にイイ顔のオヤジを発見した。
廃品回収業の袋を横に、道ばたで体育座りをしていた。失敗して焼けこげた鍋底のような皮膚をして、夕日にてらされていた。斜視気味の目はどこをみているかわからず、恍惚を見事に体現、具現化したような笑顔を浮かべ、ずっと座りこんでいた。画像撮ればよかったなあ。例のディープコリア写真術で。

人生解毒波止場

人生解毒波止場

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2001/10
  • メディア: -
故ナンシー関が「人類必読の書」と言い切った本。電気菩薩とでもいうほかのないすンばらしい人びとが織りなす曼荼羅。人生を変える書です。

因果鉄道の旅―根本敬の人間紀行

因果鉄道の旅―根本敬の人間紀行

  • 作者: 根本 敬
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1993/05
  • メディア: 単行本
根本敬先生の原点ともいうべき本。フィールドワークというものはなにか?について考えさせられます。まさに人生万歳を高らかに宣言する書。
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